給与所得と事業所得があるフリーランスのための税金対策:確定申告と賢い節税
はじめに
近年、会社員として給与所得を得ながら、同時に個人として業務委託を受け、事業所得を得る、いわゆる「副業フリーランス」として活動される方が増えています。給与所得と事業所得の両方がある場合、確定申告や税金対策において、純粋なフリーランスとは異なる考慮点が存在します。
本記事では、給与所得と事業所得を併せ持つフリーランスの方が知っておくべき税務の基本と、賢く節税するための具体的な方法について解説いたします。ご自身の状況に合わせて、適切な申告と税金対策を進めるための一助となれば幸いです。
副業フリーランスの確定申告の基本
給与所得がある会社員は、通常、年末調整によって所得税の精算が行われます。しかし、副業で事業所得がある場合は、原則として確定申告が必要です。これは、給与所得以外の所得が年間20万円を超える場合に確定申告の義務が生じるためです。事業所得は「総収入金額から必要経費を差し引いた金額」で計算されますので、収入が20万円を超えていなくても、必要経費を差し引いた事業所得が20万円を超える場合は確定申告の対象となります。
確定申告では、1月1日から12月31日までの1年間の全ての所得(給与所得、事業所得など)を合算して税金を計算し、すでに徴収されている税金(源泉徴収や予定納税など)があれば、その差額を納付または還付を受けます。
給与所得については、勤務先から発行される源泉徴収票の情報を使用します。事業所得については、ご自身で日々の取引を記録し、確定申告書を作成する必要があります。
給与所得と事業所得の計算と合算
給与所得の計算
給与所得は、源泉徴収票に記載されている「支払金額(年収)」から「給与所得控除額」を差し引いて計算されます。給与所得控除額は、年収に応じて定められており、年末調整で自動的に計算されています。
事業所得の計算
事業所得は以下の式で計算されます。
事業所得 = 総収入金額 - 必要経費
ここでいう総収入金額とは、業務の対価として受け取った金額の合計です。必要経費とは、事業を行う上で直接的かつ通常必要となる費用のことを指します。この必要経費をいかに正確に、かつ漏れなく計上できるかが、副業フリーランスの節税において非常に重要なポイントとなります。
所得の合算
確定申告では、計算した給与所得と事業所得を合計し、「合計所得金額」を算出します。さらに、不動産所得や雑所得など、他に所得があればそれらも合算します。
合計所得金額 = 給与所得 + 事業所得 (+ その他の所得)
この合計所得金額から、後述する所得控除を差し引いたものが「課税される所得金額」となり、この金額に所得税率をかけて所得税額が計算されます。所得税率は累進課税制度のため、所得が高くなるほど税率も上がります。
副業フリーランスのための賢い経費計上
事業所得を減らし、結果的に税負担を軽減するためには、必要経費を正確に計上することが不可欠です。副業フリーランスの場合、本業の給与所得があるため、どこまでを経費として認められるのか、判断に迷うケースも少なくありません。
特に注意が必要なのは、自宅兼事務所として使用している場合の家賃や光熱費、通信費など、プライベートと事業の両方で使用している費用です。これらは「家事関連費」と呼ばれ、事業に必要であることが明確であり、かつ事業に使用した割合を合理的に区分できる場合に限り、その事業割合に応じた金額を必要経費として計上できます。この区分を「家事按分」と呼びます。
家事按分の例
- 家賃: 自宅の床面積に対する仕事部屋の床面積の割合などで按分します。
- 光熱費(電気代・ガス代など): 使用時間や使用割合などで按分します。
- 通信費(インターネット代、携帯電話料金など): 使用時間や使用割合などで按分します。携帯電話の場合、プライベート用の電話と仕事用の電話で番号を分けていれば、仕事用の電話代は全額経費にできます。
- PC・周辺機器: 使用時間や使用割合などで按分します。ただし、事業での使用割合が50%を超える場合は、全額を事業用資産として減価償却することも認められる場合があります。
これらの家事按分を行う際は、事業に使用した割合を説明できる根拠(例:仕事部屋の写真、作業時間の記録、使用量の記録など)を準備しておくことが重要です。
副業特有の経費
- 本業のスキルアップに繋がる学習費用: 本業の給与所得を得るためのスキルアップ費用は経費になりませんが、副業の事業として行う業務の遂行に必要なスキルを向上させるための費用(専門書籍、セミナー受講料、資格取得費用など)は、事業所得の必要経費として計上できる可能性があります。ただし、あくまで「事業に必要な費用」であること、個人的な趣味や教養の範囲を超えないことなどが判断のポイントとなります。
- 交通費: 副業の打ち合わせや取材、事業に必要な物品の購入などのための交通費(電車賃、バス代、タクシー代、レンタカー代など)は経費となります。自家用車を使用した場合のガソリン代や駐車場代なども、事業に使用した分を按分して経費にできます。
- 交際費: 事業に関係する方との飲食代や贈答品代なども経費となります。ただし、税務上の制限がある場合や、事業関連性を明確にする必要があります。
青色申告の活用とメリット
副業で事業所得がある場合でも、税務署に「所得税の青色申告承認申請書」を提出して承認を受ければ、青色申告を選択できます。青色申告には、白色申告にはない様々なメリットがあります。
青色申告の主なメリット
- 青色申告特別控除: 複式簿記による記帳を行い、貸借対照表と損益計算書を確定申告書に添付して提出し、e-Tax(電子申告)で申告する場合、事業所得から最大65万円の控除を受けることができます。それ以外の複式簿記による申告や簡易帳簿の場合は10万円の控除となります。給与所得がある場合でも、この青色申告特別控除は事業所得から差し引くことが可能です。
- 専従者給与: 生計を一つにしている配偶者や親族に事業を手伝ってもらった場合、一定の要件を満たせば、支払った給与を必要経費にできます。ただし、「青色事業専従者給与に関する届出書」を提出する必要があります。
- 貸倒引当金の設定: 売掛金などが回収不能となるリスクに備え、一定の金額を必要経費として計上できます。
- 純損失の繰越しと繰戻し: 事業で赤字(損失)が出た場合に、その損失を翌年以降3年間にわたって所得から差し引く(繰越し)ことができます。これにより、将来の所得税を軽減できます。また、前年も青色申告をしている場合は、前年の所得に戻して税金の還付を受ける(繰戻し)ことも可能です。給与所得と事業所得を合算した結果、全体で赤字になった場合でも、事業所得で生じた損失は、給与所得と相殺(損益通算)することができます。相殺しきれなかった損失は、青色申告であれば繰り越すことが可能です。
副業フリーランスの場合、事業の規模によっては最初は大きな利益が出ないこともあります。しかし、赤字が出た場合でも、その損失を繰り越せる青色申告は、長期的な視点で見ると非常に有効な選択肢と言えます。
所得控除・税額控除の活用
所得税額は、合計所得金額から各種「所得控除」を差し引いた「課税される所得金額」に税率をかけて計算し、さらに計算された税額から「税額控除」を差し引いて求められます。給与所得者としてすでに多くの所得控除を受けている場合でも、確定申告を行うことでさらに利用できる控除がないか確認することが重要です。
主な所得控除(給与所得・事業所得共通で利用可能)
- 基礎控除: 全ての納税者に適用される控除です。(合計所得金額に応じて控除額が変わります)
- 医療費控除: 一定額以上の医療費を支払った場合に受けられる控除です。生計を一つにする親族の医療費も合算できます。
- 社会保険料控除: 国民健康保険料、国民年金保険料、厚生年金保険料、健康保険料などを支払った金額の全額が控除の対象です。本業の給与から天引きされている社会保険料に加え、副業で国民年金に加入している場合や、ご自身や生計を一つにする親族の国民健康保険料・国民年金保険料を支払っている場合も対象となります。
- 小規模企業共済等掛金控除: 小規模企業共済やiDeCo(個人型確定拠出年金)の掛金を支払った場合の控除です。特にiDeCoは、掛金全額が所得控除の対象となり、運用益も非課税、受け取り時も税制優遇があるため、将来の資産形成と節税を両立できる有効な手段です。
- 生命保険料控除、地震保険料控除: 支払った保険料に応じた控除です。
- 扶養控除、配偶者控除/特別控除: 扶養している親族がいる場合に受けられる控除です。
主な税額控除
- 住宅借入金等特別控除(住宅ローン控除): 住宅ローンを利用してマイホームを取得した場合に、一定期間、年末のローン残高の一定割合を税額から直接差し引ける控除です。年末調整で控除を受けている場合でも、事業所得との合計所得金額で計算し直す必要があります。
- ふるさと納税(寄附金控除): ふるさと納税を行った場合、寄附金額の一部を税額から控除できます。ワンストップ特例制度は給与所得者などが利用できる制度ですが、確定申告をする場合はこの制度は利用できません。確定申告で全ての寄附金控除をまとめて申告する必要があります。
確定申告を行うことで、年末調整だけでは控除しきれない、あるいは申告できない控除を適用し、税負担をさらに軽減できる可能性があります。
消費税とインボイス制度の影響
副業フリーランスの場合、事業所得に係る売上が年間1,000万円を超えない限り、原則として消費税の納税義務は免除されます(免税事業者)。しかし、インボイス制度の開始により、取引先(特に課税事業者)から適格請求書(インボイス)の発行を求められるケースが増えています。
インボイスを発行するには、適格請求書発行事業者として登録し、課税事業者となる必要があります。課税事業者になると、売上にかかる消費税から仕入れにかかる消費税を差し引いた金額を国に納める義務が生じます。
副業で事業規模が小さい場合、課税事業者になることで税務手続きが煩雑になり、納税負担が増える可能性があります。しかし、取引先からのインボイス発行の要望に応えられない場合、取引継続に影響が出る可能性も否定できません。ご自身の事業規模や取引先の状況を考慮し、インボイス発行事業者になるべきか、免税事業者のままでいるべきか、慎重に判断する必要があります。課税事業者になった場合でも、簡易課税制度を選択できるかなど、選択肢を検討することが大切です。
まとめ:副業フリーランスが税金対策で押さえるべきポイント
副業フリーランスとして給与所得と事業所得がある場合、税務に関しては以下の点が重要になります。
- 確定申告の義務の確認: 事業所得が20万円を超える場合は確定申告が必要です。
- 正確な記帳: 事業所得を正しく計算するために、日々の収入・支出を正確に記録することが基本です。クラウド会計ソフトなどを活用し、効率的に記帳を行いましょう。
- 賢い経費計上: 事業に関わる費用は漏れなく、かつ根拠をもって経費計上しましょう。家事按分が必要な費用は、合理的な基準で按分します。
- 青色申告の検討: 最大65万円の特別控除や、損失の繰越しなど、多くのメリットがあります。要件を満たせるか検討し、早期に申請を済ませましょう。
- 所得控除・税額控除の活用: 確定申告で全ての所得を合算する際に、利用できる控除を最大限に活用しましょう。
- 消費税・インボイス制度への対応: ご自身の事業規模や取引先の状況を踏まえ、適切な対応を検討しましょう。
税務に関するルールは複雑であり、また改正されることもあります。本記事は一般的な情報提供を目的としており、個別の状況に関する具体的なアドバイスを提供するものではありません。ご自身の状況に合わせた最適な税金対策や確定申告の方法については、税理士などの専門家にご相談されることをお勧めいたします。日頃から税務知識に関心を持ち、正確な情報を基にした準備を進めることが、安心して副業フリーランスとして活動するための鍵となります。